
2005/3/20、札幌ドームでの対 東北楽天戦。5回終了まで鳴り物入りの応援が禁止された。そこでの体験をもとに書いてみた。
球音を楽しむことができない / 試合の流れに関係ない応援 / 応援の強要
収益改善の面から / チーム成績への影響から
鳴物とは何か? / 高校野球と吹奏楽応援 / 純粋に野球を楽しむとはどういうことか? / 新鮮さについて
個人的な意見 / 筆者の野球ファン暦 / 参考リンク
球団、球場、応援団による個性的な応援には大賛成。フルキャスト宮城が鳴物を禁止したり、ロッテや巨人がサッカースタイルを取り入れることにも異論はまったく無い。
この文章は主に札幌ドームでの北海道日本ハムファイターズ応援を念頭に書いている。
改めて言うまでもないが、この文章はすべてわたしの「個人的な意見」(*1)だ。
最近どうも評判の良くない鳴物応援は、いったい何が問題なんだろうか?
大リーグ式の応援との比較でよく用いられるフレーズ。生の迫力を楽しみたいとか、純粋に野球を楽しみたいということらしい。そのような野球好きファンだけで年間60近い札幌ドームでの主催試合を2割でも埋めることができるのだろうか? コアな野球ファンのためには、年間数試合の「球音の日」を用意するような方法で対応してほしい。もちろんその日は、応援歌もメガホンも禁止。やるなら徹底的にやるべし。
バントするべきシーンでも「かっとばせ」を連呼したりすることを指してるらしい。そんなの気になるかなあ。多少の笑いは起きるけど。むしろ「なぜここで?」と突っ込むのも楽しみだったりするぞ。
応援を強要するのは問題外だ。ひと昔前の巨人や阪神にはあったらしい。
札幌ドームの応援団は強要なんかしない。外野の闘将会席付近では、応援しないで座っているのは気まずいだろう。けれどそれは、そこに座る方に問題がある。内野自由席や、外野でも内野寄りかセンター寄りに1ブロックずれれば、座ったまま観戦できる。
「応援はしたくないけどそのブロックに座りたいんだ」という人には我慢してもらうしかない。分煙や女性専用車両と同じように。
私設応援団そのものに対する批判も多い。横浜には広い場所を占有して踊る団体がいるとのこと。暴力団と関係している応援団もあるらしい。札幌ではそんな光景は見ないし、話も聞かない。
いずれにしろ、鳴り物の是非と悪徳応援団とは別の話なので、以降は触れないつもりだ。
球場近隣への騒音が公害レベルであるならば、なんらかの対応が必要だ。
千葉マリンスタジアムなんかは近くに住居はそんなに無いようで問題無さそうだけれど、札幌ドームの場合はどうだろう。
農場方面は問題ないだろうが、地下鉄福住駅方面にはそこそこ住居もある。あまり話は聞かないし、試合途中から球場に入る場合でも音が聞こえた記憶は無いので、たぶん問題になっていないのだろう。
鳴物無し応援は一緒くたに語られているけれど、二つに分類されるべきだ。
トランペット、太鼓、笛、メガホンを禁止。応援歌や一斉コールもなしで、ボールがミットに納まる音や、スパイクがベースを蹴る音や、デッドボールが体に当たる音を楽しむ。
トランペット、太鼓、笛、メガホンを制限。応援歌や一斉コール、ダンスなどはむしろ推奨される。球音を楽しむのは難しい。千葉ロッテマリーンズのような応援。楽天もここを目指している模様。
二つの応援スタイルは相反するもののはずだが、アンチ鳴物応援という立場が同じせいか、あまり区別することなく語られている。例えばフルスタ宮城での楽天の応援は、太鼓を使ったすずめ踊りをベースにするらしい。これはサッカー風ではあるが、大リーグ風ではない。すずめ踊りが大リーグ風なら千葉ロッテだって大リーグ風だ。
とにかくトランペットがうるさいと思っている人もいるようだ。管楽器禁止は試していないけれど、いいかもしれない。
応援スタイルの検証を二つの面から行ってみる。一つは球団の収益改善の面から、もう一つはチーム成績への影響の面からだ。黒字化と優勝、この二つが球団の目的のはずだから。
メガホンの売上
メガホン売上げが球団の収支にプラスであるならば、応援でのメガホン使用を推奨すべきだ。例えそこで得られる利益が市川卓の年俸にも達しないとしても。
観客動員
鳴物を禁止することで入場者数が伸びるというなら話は別だけれど、鳴物禁止が入場者数増に結びつくとは考えにくい。
札幌ドームの客層の特徴は、年齢が高いこと、女性が多いことの二点と思う。応援とは関係なしに野球を楽しめるような、配球の妙や職人的な守備に一喜一憂できるほど詳しい野球ファンは多くない。大半のファンは、「点が入った」「三振を取った」といった単純な結果に歓声をあげている。年に数回の実施であれば、コアな野球ファンはその試合に集中するだろうから、そこそこ入場者が増える可能性はある。けれどコアな野球ファンには、年間何十試合も観戦するような人は多くないのではないか? 繰り返し球場に足を運ばせるものは、チームや選手への思い入れであり、応援したいと思う心だ。
もう一つ忘れてならないのが、応援の快感だ。一緒になってメガホンを打つことで、あるいは応援コールを叫ぶことで、自分たちも応援に参加しているということを実感できる。野球応援は参加型のエンターテイメントなのだ。応援それじたいが楽しみとなり、客を呼んでいる。
このことが鳴物禁止派には批判の的となっている。「もっと野球を見ろ」と言いたいのだろう。宗教的、軍国主義的という批判もある。けれど少なくても、札幌ドームでの応援に参加している人たちはみな、自分の意志で応援しているのだ。権力に強要されているわけではない。
コアな野球ファンには理解してもらえないかもしれないが、応援への参加は楽しい。わたしもつい一年前までは応援団主導の応援には懐疑的だったのだけれど、球場で応援するうちにその楽しみを覚えてしまった。選手を含めたたくさんの人たちと喜びを共有できる感覚は、参加してみるまでまったく予想できないものだった。選手たちに「応援が力になる」と言ってもらえれば、微力ながら自分たちも勝利に貢献できたと実感もできる。その充実感は、なかなか言葉では表現しづらい。
ホームアドバンテージ
大きな声援は威力を持つ。昨シーズン(2004年)の終盤、選手達は口々に「応援が力になる」と言っていたじゃないか。
松中に「早く帰りたい」と言わせ、三瀬に自分を見失わせたあの大声援を止めてしまうことはチームにとってマイナスに違いない。
仕事の都合で関東に滞在する機会があり、東京ドームのオープン戦(北海道日本ハムファイターズVS福岡ソフトバンクホークス)を見た。外野席がいっぱいだったので、内野席での観戦。外野席を見ると、鳴物での応援は外野席の中央付近だけで、外野席の大半と内野席のほとんど全部は静かな観客たちで占められていた。あの中では応援団はむしろ浮いてしまい、メガホンをたたいて応援するのは格好悪いかもしれない。僕も最初は躊躇してしまった
札幌ドームは違う。内野席も外野席もメガホンで応援しているファンの方が圧倒的に多い。初めて球場に来た人も、少しでも北海道日本ハムに気持ちが傾いていれば、次第に手拍子を取るようになり、メガホンを叩きたくなり、一緒に掛け声を掛けたくなるのだ。去年の後半の内野自由席で、僕はそんなファンを何組も目にした。札幌からちょっと離れたところから来たと思しき若いグループ、野球観戦自体初めてらしい初老の夫婦。彼らが自然と応援に参加していける雰囲気が札幌ドームにはある。彼らは決して、誰かに応援を強制されているわけでもないし、応援しないと気まずいという状況でもない。それでも彼らは、チャンスになれば手拍子を取り、選手の名前を呼ぶようになる。
3月20日の応援がどんなだったかを書いておこう。
前半は鳴物無しのテスト。楽天の攻撃では予想どおりの圧倒的な静けさ。外野手同士の会話や、ボールの音が聞こえる。しかし球音を楽しむというほどの迫力はない。
日ハムの攻撃になると状況は一変。太鼓、トランペットこそないものの、応援歌も一斉コールもいつもと同じ。半分くらいのファンはメガホンを使っている。けれど太鼓がないのが致命的なのか、応援歌がしょっちゅうずれる。小田やセギノールなどの、動きが入る応援歌ではボロボロだ。
6回以降はいつもの応援開始。闘将会の第一声は「お待たせしました〜」 むしろ気合いが入っている感じだ。
楽天はそれでも8回まで応援なし。散発的に入る声援は特定の選手に向けられているようだ。
9回表、さすがに最後になって盛り上がってきたのか、内野指定席の経済団体と思われるグループがメガホン+一斉コールの応援を始める。チームを応援しようとするとき、最初に思いつくのがこのスタイルなんだろうな。
トランペットや笛、太鼓は明らかに鳴物。もっともフルキャストスタジアム宮城でも太鼓は許容されるらしい。それではメガホンは? 鳴物無し応援論ではメガホンではなく手拍子が推奨されるようだけれど、では応援グッズとして販売しているのは何故なのか? 楽天もロッテもメガホンを売ってるじゃないか。あれはどこで使うべきものなんだろうか?
もし球音を楽しむ日を設けるなら、応援歌やメガホンも禁止してほしい。それでなければ中途半端だ。
一斉ブーイングや、スタンディングオベーションも邪魔だ。客席ではみんなできるだけ静かにしなければならない。クラシック音楽のコンサートのようにシーンとした中で野球を楽しむのだ。ただし音の無いダンスはOK。パントマイムとか。(半分冗談ですが、半分は本気です)
高校野球での吹奏楽応援についても、行わないべきなのか? 高校野球にこそ、プロ野球の根がある。応援スタイルの基本もそこで培われてきたものだ。
札幌とその近郊に、贔屓チームのない野球ファンはどれくらい存在するのか? 純粋に野球を楽しみたいというようなコアな野球ファンがどれだけ存在し、どれくらい札幌ドームにやってくるのか?
今の札幌ドームを見るがいい。闘将会の近くの外野自由席も、かなり離れた内野自由席も、非コア野球ファンでいっぱいだ。年齢層も幅広くて、たぶん彼らは千葉ロッテマリーンズや西武ライオンズのような横への動きがある応援にはついていけないだろう。初めて球場に来たグループが3回裏くらいから一緒に手拍子を始めたり、メガホンを買いに走ったりする姿を見たのは一度や二度ではない。それもこれも、わかりやすく参加しやすい応援スタイルあればこそだ。
鳴物応援への批判として、古くさいというのがある。サッカースタイルを賛美する風潮の裏にもこれがある。
これについては、北海道ではあてはまならい。道民にとっては、プロ野球応援そのものが新鮮だ。今後ファンが成熟していくにつれて「古い」という意見も出てくるかもしれないけれど、今のところはまだみんな応援を楽しんでいる。応援歌を覚え、北の国からの踊りを覚えようとしている。
9割が巨人ファンだったと言っても、熱心な巨人ファンがそのまま熱心なハムファンになっているわけではない。札幌開催の巨人戦で中心になって応援していたメンバは今でも巨人ファンのままで、数回巨人戦を見たとか、テレビでは見ていたとか、巨人しかわからないから巨人ファンというような人々、そしてわたしのような非巨人ファンが、今の札幌ドームを埋めている大半だ。
「個人的な意見ですが」という前置きをたまに見かけるけれど、この言葉は本来、公的な立場でものを言っている最中にのみ使われるべきで、普通の発言はあらためて宣言するまでもなく個人的な意見に決まっている。
「個人的な意見」の反対語は「客観的な意見」ではない。「公的な意見」だ。
同様の理由で「〜と思う」「〜ではないか」という表現は、効果を意図している場合を除き、僕の文章では使わないことにしている。
巨人ファン9割と言われた北海道に生まれながら、1975年にロッテオリオンズファンになる。テレビもラジオも中継はほとんど無く、主な情報源は新聞のスポーツ欄と巨人戦で流れる途中経過だった。実際のプロ野球観戦は札幌円山球場での一度だけ。
1987年から川崎市に引っ越す。野球応援のためではなく、就職のため。閑古鳥が鳴く川崎球場に数回足を運んだ。熱心な応援者ではなく、メガホンも持っていなかった。
ロッテが千葉に移転してからは少しずつ覚めていった。好きだった選手が引退していったことが大きい。一度千葉マリンスタジアムで観戦したが、応援スタイルに馴染めず、試合にも負けて、ただただ寂しかった。
2003年、札幌にUターン。翌2004年、日本ハムが札幌移転。何度か札幌ドームに足を運ぶうちに、メガホンを買い、応援歌を覚え、夏が過ぎる頃には一人前の応援者になっていた。
○Baseball Monthly - プロ野球百年の計 第6回 プロ野球の危機は「応援団」の危機でもある(上)
○楽天イーグルス公式サイト - フルキャストスタジアム宮城 応援ルール・球場ルールについて
○楽天イーグルス公式サイト - 楽天イーグルスグッズショップ
○花伝社 - 渡辺文学 よみがえれ球音 ―これでいいのか プロ野球の応援―
○江戸川大学 - 人間社会学科 - スポーツからみる日米文化比較―ベースボールと野球
○Number Web - [私設応援団誕生物語] 声よ響け!杜の都に。
○Baseball Freak's Homepage - 私設応援段について
○CONSAISM - FsTIME - 増していくスタンドの熱気
2005/03/23掲載 2005/03/30改訂(taranco)